どこまでも散歩道〜志治美世子ウェブサイト



歌仙「ぶっかきの」の巻

[独吟 志治美世子]

ぶっかきの氷呼ばむか金盥
  せめて風鈴りんと鳴らせよ
  坂道をケンケン飛びのテムポにて
  葉書一通すでに投函
  そろそろと月の出を待つ縁側で
  栗飯炊けるらしき厨べ
どん尻もまた楽しかれ運動会
  空の高さも装ひのうち
  菜園は三日坊主に荒れ果てて
  心はすでにダンス教室
  言い寄れば口説き文句も出まかせに
  嘘っぱちでもご利益のあり
  怖ければ隣の婆も鬼に見え
  朱雀門には陰陽師あり
  流れくる落人部落の語り歌
  凍てつく月も耳を傾く
  名残雪花のつぼみを抱きゐて
  ほどけて流る軟東風の磯
ナオ 精霊も目覚めよ春の来たりなば
  深き谷には神おはします
  渓流の清きは汝が髪のごと
  冷たく熱く腕に巻かんと
  紡軸を織り子は母に譲られて
  絹の単衣は高き評判
  友達は君ひとりきりと金魚鉢
  摂食障害舐めるんじゃねぇ
  喰意地の秋ばかりとは姉の常
  月夜の萩も愛でぬ無粋よ
  うたた寝に腹立たしきは遅れ蚊と
  河川住まいももう長くして
ナウ 消息を問う恩師あり同窓会
  年代もののワイン振る舞い
  温泉の掛け流し湯もさらさらと
  土の匂いもことのほか濃き
  千年も変はらぬままに花の里
  その朧なる思ひ出のごと

例によっていつ巻いたものやら、日付けも分からぬままの巻。

ただし、この年の平成連句競泳会が行われたのが平成十八年二月十八日だったので、募吟の締め切りは恐らく前年の秋の始めころで、それならばこの巻は平成十七年の夏に巻いたもの、ということになります。

「平成連句競泳会」で入選をいただいた、生まれて始めて巻いた独吟です。

選者講評には、仏渕健悟さんから、

平成連句競泳会の他の募吟にない特徴の一つは『独吟』を認めるところである。

連句は座の文芸であるから、複数の連中の作品が当然である。

と言っているだけでは、独吟の意義は見えてこない。連帯を知るものは、孤立を知るものである。(中略)とはいえ、今回二巻しか見られないのは、淋しかった。歌仙『十六夜』の巻は恋の賜物ゆえか、ほとんどすべてが人情句である。

こういう時こそ、自他場の転じを活用することで、一巻はモノフォニーからポリフォニーへと転じ、読者を飽きさせない広がりが生まれたかもしれない。

景物(場)だけでも恋は語れるはずであり、場の句で興奮を切り替え、曲折を付けるのに有効である。

同じ作者の独吟歌仙「ぶっかきの」のはぐっと読みやすくなっている。

自他場の効用の比較にもなる。ただしこの一巻、一句一句の措辞をもう少し丁寧にされたほうがよいのでは

という評をいただいた。

自他場が何かも知らず、「十六夜」とともに、二時間ほどで巻き上げてしまった巻であることを思えば、随分と温かい講評をいただいたものである。

要するに、向こう見ずの心意気を評価していただいた、ということだったのでした。


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