どこまでも散歩道〜志治美世子ウェブサイト



そばにいて欲しい、あなたへ。(2)

彼女と私が親しくなったのは、2003年に入ってからのことだ。

 がん患者として非常にシビアな病状の状況下にありながら、がん患者サポート雑誌でがん治療における第一線の医師たちとの対談をレギュラーでこなしていた。その前年末に、彼女と独特の抗がん剤治療で知られる外科医との対談を受け持ったのが、付き合いの始まりだった。

彼女の対談相手は、時にはその後も彼女とプライベートで会いたがることがあり、そんな時私は橋渡しの役目だった。

何度か連絡役を務めたり、休日にそんな彼女のデートをセッティングしたりすることもあった。

そんな時、彼女はさりげなく「休日に子供のいる女の時間を割く」ことに対する気遣いを見せた。温かく、それは本当に、うっかりすると見落としてしまいそうな小さなサインでしかなかったのだが、彼女のとても深い場所から伝わってくるのだった。

彼女と私が本当に親しくなったのは、彼女の最後の一年ほどだった。

私はついに彼女に私の幼少時の傷や、つらかった過去を打ち明ける機会を得ることはなかったが、彼女のそばにいるだけで、自分は強く生きることが出来る人間なのだ、と信じることが出来た。

彼女が時折ふと私に見せてくれる、私への信頼感が、そう信じさせてくれた。

関わっていた雑誌の編集長とのトラブルと、そのことにまつわる理不尽な金銭問題を知った彼女が、

「彼がお金を払わなかったら、私に言いなさい」

と言ったときも、

「この件で巻き込むつもりはありません」

と断った。

お金には困ってはいたけれど、こんなトラブルで人を頼ろうとする私だと思われることのほうが、さらにイヤだったのだ。

彼女の前ではあくまで彼女と対等な、彼女のそれまで築いてきた社会的人格的影響力を頼らない自分でありたかった。

そして、だからこそそんな彼女が時折、本当に時折、垣間見せてくれる人間としての弱さや、苦悩のかけらが胸に響いた。

生きていてくれたら、もし今でも生きていてくれてさえいれば、と思う。

「まだまだ、あなたから欲しいものは山ほどあったのだ」

と、貪欲に思う。

あなたが乗り越え、築いてきた時代を、私も実感したかった。

あなたと過ごしたほんのささやかな時間が、今でも私の涙を溢れさせる。


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