どこまでも散歩道〜志治美世子ウェブサイト



いつでも会えるよね、節子さん(4)

その日の疲れが残っているのではないか、と心配だった私は、あえてその後の何日間か、節子さんを訪ねることをしなかった。電話では綾子さんから、特に異常がないことを聞いていたこともあった。

ある朝、普段の我が家にしては珍しく、早い時間に電話が鳴った。かけてきたのは、私が参加している句会の主宰者で、節子さんとは彼が昔、『話の特集』の編集者であったころからの知り合いでもある木村聖哉さんだった。

「今、NHKに節子さんが出てる!」

私は電話を切ると、転がるようにテレビの前に座り、スイッチを入れた。

「NHKの撮りがあるの」

とは、たしかに聞いていたのだ。しかし、私はすっかりそれは録画の話で、節子さんの体調を見ながら進行されるもの、と思いこんでいた。それがまさか、生放送であるとは!

むちゃだ! 節子さん。私はテレビの前で泣き出しそうになりながら、しかしこのときもやっぱり心の奥のどこかで、「節子さんなんだよねぇ、これが」、と思ってもいたのだ。

節子さんが喜ぶものは、何だろう。節子さんが楽しめて、元気がでることって、何があるだろう。

私は、がんが目の脈絡膜に転移し、「本が読めないの」と嘆いていた節子さんに、そのころ私が読んでえらくおもしろいと思った、小川洋子の『博士の愛した数式』を、朗読してテープに吹き込み、節子さんに聞かせよう、と思い立った。

バリバリの女性アナウンサーの草分け的節子さんに、なんと大それたことを思いついたものだろう。

それでも私は、どうしても節子さんに読書の楽しみを味わってほしかったのだ。

つっかえつっかえの、ひどい朗読だった。それでも2時間のテープに、なんとか全体の3分の1ほどを録音し、次の機会に持っていった。その日、節子さんは眠っていた。

次に訪れたときには、ちょうど検査のために病室から移動しようとするタイミングにぶつかり、挨拶のために声を交わす時間だけが、私に与えられていた。

綾子さんに付き添われて病室を出ようとする節子さんは、私の朗読を、

「上手だったわよ、とってもよかったから」

と繰り返した。上手であるはずはないのだ。プロの節子さんにとって、私の朗読など。しかし、このときもやっぱり、私は心の片隅で、節子さんはきっと本当に、「上手だ、と思ってくれたのだ」、と感じていた。


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